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<title>Everything Begins in HARU Ⅱ</title>
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<description>「仏教学」のブログを目指して…</description>
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<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-152e.html">
<title>「日蓮と法華の名宝」展の図録を手にして</title>
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<description>今年は、日蓮聖人が『立正安国論』を幕府に奉呈してから７５０年の節目を迎えるという...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今年は、日蓮聖人が『立正安国論』を幕府に奉呈してから７５０年の節目を迎えるということで、門下では色々なイベントが開催されている。今は、京都国立博物館で「日蓮と法華の名宝」と題された特別展が開催されている。&lt;br /&gt;ホームページによると、７日間で既に10000名の入場があったということで、かなりの人が来場しているようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと、この展覧会には行くつもりでいたのだが、様々な要因が重なって、結局行けそうにもないことがはっきりしてきたので、図録だけ送ってもらった。&lt;br /&gt;図録を見てしまうと、実物も見てみたいという想いになるのだが、とにかく我慢しよう。&lt;br /&gt;この図録、かなりの分量（320頁余）で読み応えもある。図録というと2000円が多いように認識しているが、2500円と少し割高。それでもそれだけ出す価値はあると思う。&lt;br /&gt;「法華文化の展開」「日蓮とその時代」「京都開教と西国への展開」「京都受難の時代」「復興と近世文化の開花」という５部からなる展覧会には、日蓮聖人の曼荼羅本尊もいくつか出展されている。また、『立正安国論』をはじめ、遺文や妙顕寺文書、日蓮聖人像なども出展され、日蓮宗の檀家である本阿弥光悦の作品など、美術品も多く出展されている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いつも『真蹟集成』で御真蹟は見ているように思っていたが、図録でみた「一代五時鶏図」は圧巻だった。ただ、その冒頭にある題名と花押があまりにリアルで、逆にこれって本当に日蓮聖人が書いたものだろうかと思ってしまったが、どうなのだろう。これに対してどのような見解があるのかは知らないが、どの様にいわれているのか、調べてみたいと思う。&lt;br /&gt;それから、妙法華寺に所蔵されている日蓮聖人画像も出展されている。今では重文となっているこの画像は結構著名で、聖人滅後早くに作成されたと言われている。しかし、これはどうなんだろうか。こんなにクリアな絵を見ると、なんかもっと後にできたものなのではという印象を受けるが、美術学的視点からもう少し詳しい研究がされればと思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なお、横浜の神奈川県立歴史博物館では「鎌倉の日蓮聖人」という特別展も行われている。こちらはお世話になっている先生からご招待をいただいたので、是非とも行こうと思っている。&lt;br /&gt;しかし、『立正安国論』奉呈という節目でこのように大きなイベントをやるのも今までなかったことではなかろうか。この流れはどうしてなのか、大変に興味深い。ただ、こうした展示などが多々あると非常にうれしいことである。&lt;br /&gt;明日は、池上の宗務院で日蓮宗教学大会が行われる。出席しようと思っているので、そろそろ寝て、様々な発表に耳を傾けたいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「日蓮と法華の名宝」ホームページ&lt;a href=&quot;http://www.nichirenshoninten.jp/&quot;&gt;http://www.nichirenshoninten.jp/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;「鎌倉の日蓮聖人」案内　&lt;a href=&quot;http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/toku/toku.html&quot;&gt;http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/toku/toku.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
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<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-6d0a.html">
<title>遺文の真偽問題雑感</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-6d0a.html</link>
<description>時が経つのは本当に早く、秋を感じるような時期になってきた。朝晩はかなり涼しく、蝉...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;時が経つのは本当に早く、秋を感じるような時期になってきた。朝晩はかなり涼しく、蝉が鳴いていた頃の暑さはもはや感じない。夜はコオロギの声が聞こえ、昼にはトンボが飛んでいる。自然は嘘を付かないなと実感する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今月の１２日は龍口法難の日に当たっていた。日蓮教団の各宗派では、特に本山格の寺院では、おおよそ法要を執り行ったことであろう。私も、報恩のために法要に参詣してきた。&lt;br /&gt;ところで、この龍口法難。最近ではなかったのではないか、という説が横行している。その根拠が、信憑性のある遺文に記述がないからだという。檀越の四条金吾が頚切られるところに伴ったことを、日蓮聖人は「いつの日にかわすれなん」と讃えたとされるが、そうした四条金吾賜書は真蹟や古写本がなく、信憑性がないと言われる。&lt;br /&gt;疑いを起こして調べてみると、確かに、というより見事に、龍口法難に伴ったとする記述を有する四条金吾賜書は、すべて真蹟・古写本がなく、後世の編集過程で出現した遺文ばかりである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、日蓮聖人遺文の信憑性を判断する規定として、「身延曽存」を含めるというのがこれまた常識となっている。となると、『種々御振舞御書』がこの部類に入る。本抄では龍口法難の状況を詳細に伝えており、光り物も本抄に記されている。&lt;br /&gt;現代人は光り物が出現したなどあり得ないと判断するから、いくら身延曽存だからって、これは排除すべきだとするのである。具体的に記さないが、そうした記述が学報に載っていたことを記憶しているが、こうした風潮に対しては、私自身理解できない。はっきり言って主観論での議論となっているからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『種々御振舞御書』は、明治以降の歴史学者が積極的に否定をした。&lt;br /&gt;特に、光り物については、古くは日蓮宗僧から天台僧となった真迢が、弟子・真陽の名のもとに著わした『禁断日蓮義』に記されている。明治には重野安繹が『土木殿御返事』（文永８年９月１４日付）を疑問視して批判を展開した。それに対して、国柱会祖・田中智学が応戦した。その後、佐木秋夫と山川智応の間でも論争があった。これらの詳細は割愛するが、いずれにしても現代人をして光り物は受け入れがたいとするのが元となって、外部の学者と宗学者との間で対論が展開したのだ。&lt;br /&gt;ところが近年、末木文美士が『日蓮入門』等で『種々御振舞御書』を認める発言をした。私はこれに大変驚嘆した。宗学者以外の仏教学者が信憑性を説いたことは、明らかに宗学者が認める以上に意味がある。さらには、この末木発言によって、明治時代とは逆転し、日蓮研究者が批判側に、外部の学者が是認側にという逆転の図式となったわけである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私の基本的な立場は、古写本がなくても内容面を考慮して真偽問題を考えるべきと言うものであることは、以前にも記した。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_cc1e.html&quot;&gt;http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_cc1e.html&lt;/a&gt;　&lt;span style=&quot;color: #cc66ff;font-size: 0.6em;&quot;&gt;（「日進聖人仰之趣」について）&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;今、日蓮研究者は真蹟重視の遺文受容を積極的に行っている。しかし、それはかえって日蓮聖人の意を損ねる行為であるとも思っている。先日本を読んでいて驚いたのは、『三世諸仏総勘文教相廃立』（総勘文抄）が祐師目録に記載されていたことだ。今では中古天台思想が濃厚な本抄は完全に偽書扱い、相手にもしていない状況がある。しかし、本抄を含めた中古天台思想が濃厚の遺文とか、記述内容が何となくそぐわない、等と理由をつけて古くからその存在が知られているにもかかわらず枠を作って排除する、古写本がないから何が何でも偽書だとしてしまうのは、かえって危険な行為であると私は思う。もう少し丁寧に見ていくべきではないか、そう思っている。&lt;br /&gt;とある研究者は、そうした遺文と取り上げて、その系年とか内容を精査して発表しているが、なかなか良いところに目をつけているなと私は秘かに注目している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実は、今回こうしたことを書いたのも、とある日蓮系寺院のホームページをみて驚愕したことにある。すなわち、遺文解説のコーナーに「&lt;span style=&quot;color: #3399cc;&quot;&gt;真蹟が伝わっていても断簡のみの現存である場合は、中途書き換えの場合も可能性としてあるから注意を要する&lt;/span&gt;」旨の説明がなされていたのである。さらには、真蹟も「&lt;span style=&quot;color: #3399cc;&quot;&gt;後世の諸師が手を加えたものもある&lt;/span&gt;」と記されていた。これでは、何を信用していいのか、すべてが疑問のものとなり、過去に「親鸞はいなかった」と同様の極論が出現するのではないか、そういう不安感を抱いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで、９月ということもあり、龍口法難の記された『種々御振舞御書』をその一例に挙げて、私自身の意見を開陳した。一読されてご意見があれば、是非ともご指導願いたいと思う。（日蓮聖人以外敬称略で記したことをお許し下さい）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;table&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Book&quot; src=&quot;http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/icon-books.gif&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/td&gt;

&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4831310581/nifty05-nif135093-22/ref=nosim&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;strong&gt;法華経研究 13&lt;/strong&gt;&lt;/a&gt;&lt;p&gt;販売元：平楽寺書店&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4831310581/nifty05-nif135093-22/ref=nosim&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;Amazon.co.jpで詳細を確認する&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教学・教団史</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
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<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-fc9e.html">
<title>二点の書籍について</title>
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<description>今日、『日本仏教総合研究』七号が届いた。書評を除いた目次は次の通り。 親鸞と恵心...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今日、『日本仏教総合研究』七号が届いた。書評を除いた目次は次の通り。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #3366cc;&quot;&gt;親鸞と恵心尼…佐藤正英&lt;br /&gt;最澄の神仏習合と中国仏教…吉田一彦&lt;br /&gt;東密における三密行について―論議とその背景としての浄土思想を含めて…北川真寛&lt;br /&gt;顕密仏教における「鏡」という装置…久保智康&lt;br /&gt;原坦山にみる明治前期仏教言説の動向…オリオン・クラウタウ&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;書評は洋書二冊で、衣川仁・堀内さとみの両氏である。&lt;br /&gt;私は日本仏教総合研究学会の学術大会に一度も出たことがないので、一度出てみたいと思っているのだが、今年は京都府立大学のようで、ちょっと遠いからまた検討したいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、今酒井法子が最後に確認されたとしてテレビ等で騒がれている山梨県身延町だが、騒がれる一日前、都合があって身延に行った。一日ずれていたら、とんだ騒ぎの中に行くことになったわけであるから、よかったと思う。&lt;br /&gt;ノリピーは高校時代とか結構歌とか聴いたし、ドラマなども見たし、とても残念だ。もし過ちを犯したのなら、しっかりと罪を償ってもらいたいと思う。&lt;br /&gt;話題がずれてしまったが…。&lt;br /&gt;身延に行った折、売店に『大法輪』の今月号が売っていたので買ってきた。特集は「日蓮聖人と『立正安国論』」。『立正安国論』の奏呈から七五〇年になったのを機としての特集である。この特集には、渡辺宝陽・小松邦彰・中尾堯・北川前肇・安中尚史先生といった、授業等でお世話になった耳慣れた先生方が執筆していた。&lt;br /&gt;帰ってから大雑把ながら読んでみたのだが、その中で浜島典彦氏の「『立正安国論』の受け止め方」と題された論文の中に、次のような意見が示されていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff3333;&quot;&gt;　日蓮聖人は、聖日（仏や祖師にゆかりのある記念日や仏教的に良いとされる吉日）を大切にされ、重要な行動を起こす際は、この聖日を選んで行動された。例えば、大曼荼羅本尊は、文永十年（一二七三）七月八日に始顕（初めて顕すこと）されている（八日は釈尊の降誕と成道の聖日）。また、第三回目の国家諫暁は、文永十一年四月八日に行われている。&lt;br /&gt;　『立正安国論』文永六年本（国宝、千葉県市川市中山法華経寺格護。「中山本」「略本」ともいう）は、釈尊成道の日である十二月八日に書かれたものである。また、弘安四年（一二八一）十一月二十四日の天台大師忌には、身延の地に十間四面の大坊が竣工している。&lt;br /&gt;　このように、その日のもつ意を大切にされたのが日蓮聖人である。&lt;br /&gt;　さて、最初に認められた『立正安国論』は、文応元年（一二六〇）五月二十二日に校了していた。しかし、日蓮聖人がそれを奏進されたのは、七月十六日であった。&lt;br /&gt;　なぜ、すぐさま送信されなかったのか。なぜ、七月十六日の奏進でなければならなかったのか。筆者は、この七月十六日という日付に、大きな意義を感じる。………&lt;br /&gt;　日蓮聖人は、七月十五日に、清澄山へ登られてからのご自身の半生を省みられ、翌日の七月十六日という日を選んで『立正安国論』を奏進されたのであろう。&lt;br /&gt;　この七月十六日という日付から、外に向かってばかりの『立正安国論』ではなく、日蓮聖人の自省の態度、謙虚さを、私たちは学びとらなければならない&lt;/span&gt;（109）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日蓮聖人が聖日を大切にされたと言うことは、否定するつもりもない。ただ、『立正安国論』奉呈についても、また三度目の国家諫暁に関しても、浜島説を受け入れようとは思わない。&lt;br /&gt;七月十六日奉呈は、『安国論奥書』などで明確である。しかし、聖日を選んだ等の見解については、直ちに納得できない。その辺は、遺文などを考慮して、もうすこし冷静になって検討していくべきではなかろうか。諸賢のご意見を乞いたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #3366cc;&quot;&gt;『大法輪』平成２１年８月号　特集「日蓮聖人と『立正安国論』」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #3366cc;&quot;&gt;【総説】『立正安国論』をどう読むか…渡辺宝陽&lt;br /&gt;【第一部】日蓮聖人とその教え&lt;br /&gt;　　日蓮の生涯とその時代…末木文美士&lt;br /&gt;　　日蓮の独自性…正木晃&lt;br /&gt;　　日蓮の教えと『法華経』…上田本昌&lt;br /&gt;　　日蓮の人柄…植田観樹&lt;br /&gt;　　日蓮の主な著作…安中尚史&lt;br /&gt;【第二部】『立正安国論』とは&lt;br /&gt;　　『立正安国論』とは何か…北川前肇&lt;br /&gt;　　『立正安国論』抄訳・解説…小松邦彰&lt;br /&gt;　　『立正安国論』の受け止め方…浜島典彦&lt;br /&gt;　　国宝『立正安国論』の軌跡…中尾堯&lt;br /&gt;　　『立正安国論』と近代思想家…望月真澄&lt;br /&gt;【第三部】私と日蓮聖人&lt;br /&gt;　　岡田真美子・高田文夫・立松和平&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
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<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-e525.html">
<title>『大崎学報』合冊本の落丁</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-e525.html</link>
<description>久しぶりの更新だ。 色々書きたいことはあるのだが、なかなか記事にすることができな...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;久しぶりの更新だ。&lt;br /&gt;色々書きたいことはあるのだが、なかなか記事にすることができない。私はいくつか興味のあるブログがあって時折見るのだが、頻繁に更新しているブログを見ると、尊敬してしまう。&lt;br /&gt;ただ、こんなに更新しないブログではあっても、結構閲覧していただいているようで、毎日少しずつではあるがカウントが刻まれている。これを考えれば、一応置いておくだけでもそれだけの価値はあるのかなと思っている。とは、毎度冒頭に書く常套文章であるが…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は、覚え書き、というより一応日蓮教学研究者の間でよく読まれている学術雑誌『大崎学報』の合冊版に落丁部分を発見したので、一応その旨を記しておこうと思って、更新を試みた。アップしておけば、研究者の方々が何らかの形でこの記事を探し出され、頭に入れておいてくれたのなら、きっと役に立つだろうという考えから、あげておくことにしたまでである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『大崎学報』の合冊版は、昭和50年に第１期として7冊が出されたようだ。奥付は「&lt;span style=&quot;color: #3366ff;&quot;&gt;編修・立正大学仏教学会、代表者・茂田井教亨、発行者・西塚定雄、発行所・巌南堂書店、発売所・東陽堂書店&lt;/span&gt;」となっている。&lt;br /&gt;こういう古い雑誌が合冊となって発売されることは、少なからず学問発展のために寄与する有益な事業であるといえるだろう。私もこの合冊版は、学部時代の頃から今に至るまで、大変活用させてもらっている。&lt;br /&gt;今回、「挫日蓮」を読んでいる中で、日蓮宗と他宗徒との宗論について知りたくなった。そこで色々と調べるうちに、稲田海素氏が『大崎学報』誌上に３回に分けて「日蓮宗宗論書解題」という題名で、宗論記録の文献の解題を執筆されているものを見つけた。そこで、いつものように『大崎学報』の合冊版を確認してみた。すると、15号（明治43年11月）に掲載された、都合3回目（最終回）の解題のうち、（１）～（１６）の部分が落丁していた。2冊の合冊本を確認してみたが、両方とも落丁していたので、これはすべての合冊本にいえることであると思う。&lt;br /&gt;宗論書の解題とは、かなり狭小な部分を扱っているものかもしれない。しかし、稲田氏のこの情報量はかなり充実したものがあり、今回私が確認したかった内容は、この解題によってかなり理解できたので、稲田氏には心から感謝をしたいと思う。ただ、落丁部分は残念ながらまだ入手していないので、何らかの形で手に入れられたらと思う。&lt;br /&gt;なお、安土宗論のような大きな宗論に関する文献は『大日本仏教全書』に収載されているが、そのほかの宗論書については、山口晃一氏の編集になる『日蓮教学全書』に刊本の集成であるが、かなり多く掲載されているので、必要な方は参看いただきたい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教学・教団史</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2009-06-30T23:13:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-792f.html">
<title>湯浅治久著『戦国仏教―中世社会と日蓮宗』を購入する</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-792f.html</link>
<description>　今日、久々に書店に行ったので、湯浅治久氏の著書『戦国仏教―中世社会と日蓮宗』を...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今日、久々に書店に行ったので、湯浅治久氏の著書『戦国仏教―中世社会と日蓮宗』を購入してきた。以前に発刊されたことは知っていて欲しいと思っていたが、今日ようやく購入できた。&lt;br /&gt;　湯浅氏の著書については既刊の『中世東国の地域社会史』を所蔵していて、興味を持っていたし、湯浅氏が勤める博物館に行ったときにも、このブログで紹介したこともあった（&lt;a href=&quot;http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0e3f.html&quot;&gt;http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0e3f.html&lt;/a&gt;）&lt;br /&gt;　そんなことからも、氏の著書が出たと言うことで楽しみにしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今日は、まだ第二章までしか読めなかったが、目次を見ても日蓮教団史に興味を持つ私にとっては大変に興味深く、さらに読み進めていくと未知のことも書いてあって、私的には非常に楽しい内容であった。&lt;br /&gt;　現在まで読んだ中では、千葉氏と富木氏との関係性、そして富木氏と日蓮聖人の関係が、短い中にも非常に詳細な論述がなされていて、特に興味深かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一点批評を挙げるならば、「&lt;span style=&quot;color: #3399cc;&quot;&gt;彼らが、律宗や法然浄土教、あるいは日蓮の布教の対象となることはごく自然に理解できる。極楽寺が西の境界に建てられ、日蓮が名越に草庵を結んだ事実そのものが、彼らをターゲットにしていたことを如実に物語っている…&lt;/span&gt;」（36頁）とのフレーズがよく理解できない。&lt;br /&gt;　東境界の名越草庵と西境界の極楽寺とが対立の構図で、布教の対象となるという理屈に私の頭の中はクエッションマークが巡り、その後を読み進めてもよく理解できなかった。そもそも、鎌倉に居を構えること自体、容易なことではなかったはずである。湯浅氏も「&lt;span style=&quot;color: #3399cc;&quot;&gt;日蓮の場合、名越に来たのは北条一門の名越氏を通じてであり…&lt;/span&gt;」と述べているが、何らかの手だてがない限り、鎌倉に居住することはできなかっただろう（ただし、湯浅氏が四条金吾の手だてで鎌倉にとの説を挙げられていたが、これは根拠が乏しいと思われる。こうした点は、さらに詳しい研究が必要かと思う）。日蓮聖人と鎌倉という関係性に対して、名越氏が何らかの形で関わっていたことは想像されるのであるが、それにしても、名越に居住するということと、西に極楽寺があってそれが「&lt;span style=&quot;color: #3399cc;&quot;&gt;布教の対象となることはごく自然に理解できる&lt;/span&gt;」のだろうか。その辺は、もう少しわかりやすい説明が欲しかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今まで読み進めた場所が、まだまだ本論である「戦国仏教」論にまで至っていないので、さらに読み進めていきたいが、いずれにしても歴史学的な視座より日蓮教団を解明した格好の書であることは論をまたない。&lt;br /&gt;　おすすめの一書として紹介しておきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;table&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121019830/nifty05-nif135093-22/ref=nosim&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;img title=&quot;戦国仏教―中世社会と日蓮宗 (中公新書)&quot; height=&quot;160&quot; alt=&quot;戦国仏教―中世社会と日蓮宗 (中公新書)&quot; src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41GQSwdUQHL._SL160_.jpg&quot; width=&quot;103&quot; align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/td&gt;

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&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;●ブログ「なんか、まあ適当な感じで…」書評&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://blog.goo.ne.jp/jason_jiambi/e/c5115579a4ff90c0610fbbb77fd262be&quot;&gt;http://blog.goo.ne.jp/jason_jiambi/e/c5115579a4ff90c0610fbbb77fd262be&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;●ブログ「Io lessi un libro nuovo」書評&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/satesatedousuru/20090201/1233494410&quot;&gt;http://d.hatena.ne.jp/satesatedousuru/20090201/1233494410&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;●ブログ「なまけたろうとすごす日々2009 」書評&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://plaza.rakuten.co.jp/hon5j/diary/200902060000/&quot;&gt;http://plaza.rakuten.co.jp/hon5j/diary/200902060000/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2009-03-04T23:28:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-be14.html">
<title>研究者・ポスドクの問題</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-be14.html</link>
<description>久々の更新だ！ 特に研究に関する報告がないので、今日はテレビネタでの更新である。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;久々の更新だ！&lt;br /&gt;特に研究に関する報告がないので、今日はテレビネタでの更新である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今日たまたま朝テレビを見ていると、スーパーモーニング（&lt;a href=&quot;http://posdocnet.blog94.fc2.com/&quot;&gt;http://posdocnet.blog94.fc2.com/&lt;/a&gt;）という番組で、東大大学院を出ていながら、定収入に悩んでいるという研究者が取り上げられていた。大学院博士課程を修了していながら就職先が見つからず、非常勤講師や研究員をやりつつも、常に就職活動をしているという。&lt;br /&gt;国家が学位の取得を取りやすくしたのはいいけれど、結局就職という受け皿については何ら検討することがなかったのが原因だという。&lt;br /&gt;研究員の人もいっていたが、「東大大学院にはいるなんて名誉なことはないし、その時は将来に不安なんかなかった」と…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私も院に進んだ過去があるが、結局研究者を職業とすることはできず、在野の立場になった。それでもまだ研究できるのだから、ある意味幸せといわなければならない。しかし、同僚たちのその後の進路はどのようなものなのか。大学を離れてしまったから、みんなの今を私は知らない。思えば、大学側も院生に対しての就職活動をよく促していた。授業中にも教授が、「学問で食っていくなんて誰も思っていないだろう。学者としてこの中でもほんの一握りいればよいほうではないか。もし食っていけると思っているなら、考えを改めて、就職活動した方が良い」といっていた。今思えば、こういうことを言っていたんだと、今更であるが、そう思えた。&lt;br /&gt;修士課程のとき、同僚が就職活動していたが、面接のとき、「何で大学院になんて行ったんですか？」「大学院に行って何か成果がありましたか？」とよく言われたということを思いだした。“&lt;span style=&quot;color: #ff33cc;&quot;&gt;大学院に行っておきながら就職活動なんて悪だ&lt;/span&gt;”ぐらいな感じで、企業側も思っていたようだ。その友人は、何とか就職先を見つけ、修士課程でやめたが、色々言われて嫌な思いをしたものの、かえってそのときに就職先を見つけられたのが、逆にラッキーだったのかもしれない。&lt;br /&gt;博士課程に進んで、今でも学会で発表をしている数人の友人を知っているけれど、教授・准教授・専任講師など、体制がまったく変化しない学内の状況の中で、次々と空席を待つ研究生やポスドクが出てきて、果たして彼らの行く末はどうなっていくだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一つ番組内で、腹立たしく思ったことは、文部科学省の課長が、研究者の人格を否定するような暴言を吐いていたことだ。社会的に通用しない人間が学者には多いような言い方をしていた。だから、社会的に通用するような学者を養成するためのプログラムを考えているようなことを言っていたが、論点がまったくずれている。経済評論家の森永教授も怒っていたが、国家が大学院の門戸を開いたんだから、その受け皿を考えろと言っているのだ。文科省ももう少しまともな考えを持たないと、この問題は一向に解決されず、さらに混迷度を増すことは間違いないだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これからも高学歴低収入、いや、高学歴未就職なんて時代が続くようなら、科学技術創造立国・日本なんていう言葉は確実に死語となる。&lt;br /&gt;日本を支えているのは、一握りの注目される人たちではなく、地道に働く末端の庶民である。学問を支えているのは、在野を含めた熱心な研究者であり、業績ばかりを気にしてたいしたこともないような報告を発表しているようなお先生方だけではない。そうしたことをしっかりと認知していかなければ、いずれ日本は滅んでいくであろうことを、行政側はもっともっと認識してもらいたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;石井郁子氏の国会での質問&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a170151.htm&quot;&gt;http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a170151.htm&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ブログ「博士号取得を目指す人々」&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://blog.livedoor.jp/hakase2005/&quot;&gt;http://blog.livedoor.jp/hakase2005/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;博士の生き方&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://hakasenoikikata.com/top.html&quot;&gt;http://hakasenoikikata.com/top.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ブログ「ポスドク・若手研究者の問題を考える」&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://posdocnet.blog94.fc2.com/&quot;&gt;http://posdocnet.blog94.fc2.com/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>学問・資格</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2009-02-25T23:06:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ecd7.html">
<title>謹賀新年</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ecd7.html</link>
<description>昨年もさっさと一年間が過ぎ去り、また新しい年が幕を開けた。このブログも更新がまっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨年もさっさと一年間が過ぎ去り、また新しい年が幕を開けた。このブログも更新がまったくなされず、放置状態になっている。ただ、色んな検索語でこのブログを訪ねてくださる方もいるようで、カウントだけは淡々と刻んでいっている。そういう状況を見ていれば、一応の存在意味もあるのかなと思いつつ、放置して、気が向いたらまた記事を書く、そんな変わらないスタンスでいきたいと思っている。はたして、本年、いくつの記事が書けるのかわからないが…（苦笑）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;せっかく新年を迎えて、こうして記事を書く気になったのであるが、報告すべき内容もないので、とりあえず昨年届いた雑誌のうち、二冊を取り上げ、その目次をあげておきたいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff0066;&quot;&gt;仏教史研究&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #0066ff;&quot;&gt;（龍谷大学仏教史研究会）&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;○中川洋子「仏教史研究草創期における「信と歴史」の問題―反省会と仏教清徒同志会とを中心に―」&lt;br /&gt;○宇治和貴「親鸞の救済における神祇不帰依の意義」&lt;br /&gt;○赤渕淳「敗戦後本願寺教団についての考察―敗戦前後における信仰の一貫性」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff0066;&quot;&gt;日本仏教綜合研究&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #0066ff;&quot;&gt;（日本仏教綜合研究学会）&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;○末木文美士「顕密体制論以後の仏教研究―中世の諸宗論から」&lt;br /&gt;○佐藤弘夫「板碑を通してみる中世東国の宗教世界」&lt;br /&gt;○長岡龍作「彼岸・因果・表象―仏教美術への開かれたアプローチとして」&lt;br /&gt;○永井晋「本覚大師諡号事件にみる中世国家の意思決定―延慶年間の山門嗷訴の分析から」&lt;br /&gt;（書評略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;随分前に来たが、ゆっくり読めていない。宇治論文や末木論文は顕密体制論に関連する論文であるが、是非ともまた読んでみようと思う。そのほかも結構興味を抱きそうな論題ばかりで、読んで見たいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このブログを定期的に見ている方がいるのかはわからないが、もしおられるようなら、また本年も怠惰な私に付き合ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>学問・資格</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2009-01-13T23:16:37+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-a159.html">
<title>『鎌倉遺文』所収の「日蓮聖人遺文」（承前）</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-a159.html</link>
<description>昨日は、『鎌倉遺文』に収録された「日蓮聖人遺文」について記したが…。 以前購入し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;昨日は、『鎌倉遺文』に収録された「日蓮聖人遺文」について記したが…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前購入した『興隆学林紀要』12号に、小西徹龍氏が「『鎌倉遺文』所載の『日蓮聖人遺文』について」と題する論考が掲載されていたことを思い出した。&lt;br /&gt;それは、自宗の発表大会で口頭発表されたものをまとめられたもののようだが、『鎌倉遺文』に収録された「日蓮聖人遺文」すべてを抽出して、表形式で提示されていて、非常に分かりやすいものなので、今日は参考及び備忘的な意味からも記しておいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;小西氏は、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff0066;&quot;&gt;鎌倉時代の研究に今後も『鎌遺』（管理者註・『鎌倉遺文』）中の日蓮聖人遺文が引用されていくことは明らかであるが、宗祖の文章を『定遺』（管理者註・『昭和定本日蓮聖人遺文』）を基に読んでいる限りでは、『鎌遺』の成果を知らず、時に重大な誤りを犯すことになると考える（９８頁）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と指摘されている。『昭和定本』であっても、正篇・続篇の位置付けや、執筆年次など、それを直ちに受け入れるものとはなっておらず、根本の書籍でさえテキストの問題が完璧になっているわけではないことからも、『鎌倉遺文』に所収された日蓮聖人遺文は、さらに注意を要することを認識した上で、使用していかなければならない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教学・教団史</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2008-10-12T15:03:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/11896-4de2.html">
<title>『鎌倉遺文』11896号文書の「日蓮聖人遺文」について</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/11896-4de2.html</link>
<description>最近、元寇に関することに興味を持って、色々と本を読んでいる。今日は、少しネットで...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;最近、元寇に関することに興味を持って、色々と本を読んでいる。今日は、少しネットで関係する事柄を見ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とあるブログにたどり着いたのだが、そのブログで語られている内容があまりに専門的な内容で、驚愕してしまった。私自身、このブログを管理しているが、こうしてなかなか更新しない、誠に情けないものになってしまっている。しかし、中にはこまめに、それも専門家や学者も驚くような、すごいブログ・ホームページを主宰する方もいるんだなと、今日は本当に驚愕の一言に尽きた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのことについては、また後日にすることとして、今日はそれを読んでちょっと疑問に思って調べたことがあったので、久方の更新とかねてアップすることにした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『鎌倉遺文』は、竹内理三博士が編集した史料集成で、中世史研究者は当然ながらよく利用をする。論文とかレポートなどに『鎌倉遺文』なんて書くと、ちょっとかっこいいなみたいな思いを抱くが、とにかく中世史研究の中では権威がある、欠かすことのできない史料集である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は、日蓮教団に関する研究をしているから、基本的に日蓮聖人遺文は『昭和定本日蓮聖人遺文』を用いる。正直なところ、ここ五・六年の間に日蓮聖人遺文が『鎌倉遺文』に収録されていることを知ったのが事実で、『鎌倉遺文』自体を使い始めたのも、本当につい最近という、実にお粗末なものなのだが…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;久しぶりに、今日は『鎌倉遺文』を引くことになった。それは、そのブログに11896号文書の日蓮聖人遺文を引いて、色々と言及していたからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この11896号文書は、文永の役の様子が記されている遺文である。最後に「建治元年乙亥四月　日　四条金吾殿御返事」と記されている。そこで、『昭和定本』に当たってみた。すると、不思議なことに、11896号文書に該当する遺文が見あたらない。おかしいなと思い、原典に当たってみようと思って『鎌倉遺文』16巻を開いてみた。すると、『高祖遺文録』を出典の根拠として、確かにそのブログに引かれた本文がしっかり記されていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff0066;&quot;&gt;去文永十一年大歳甲戌十月ニ、蒙古国ヨリ筑紫ニ寄セテ有シニ、對馬ノ者、カタメテ有シ總馬尉等逃ケレハ、百姓等ハ男ヲハ或ハ殺シ、或ハ生取ニシ、女ヲハ或ハ取集テ、手ヲトヲシテ船ニ結付、或ハ生取ニス、一人モ助カル者ナシ、壱岐ニヨセテモ又如是、船オシヨセテ有ケルニハ、奉行入道豐前々司ハ逃テ落ヌ、松浦黨ハ數百人打レ、或ハ生取ニセラレシカハ、寄タリケル浦々ノ百姓共、壱岐・對馬ノ如シ、又今度ハ如何カ有ラン、彼國ノ百千萬億ノ兵、日本国ヲ引回シテ寄テ有ナラハ、如何ニ成ヘキソ、北ノ手ハ先佐渡ノ島ニ付テ、地頭・守護ヲハ須臾ニ打殺シ、百姓等ハ北山ヘニケン程ニ、或ハ殺サレ、或ハ生取レ、或ハ山ニシテ死スヘシ、抑是程ノコトハ、如何シテ起ルヘキソト推スヘシ、前ニ申ツルカ如ク、此國ノ者ハ、一人モナク三逆罪ノ者也、是ハ梵王帝釋日月四天ノ、彼蒙古國ノ大王ノ身ニ入セ給テ責給也、日蓮ハ愚ナレトモ、釋迦佛ノ御使、法華經ノ行者也ト名乘候ヲ、用サランモ不思議ナルヘシ、其失ニ國破レナン云々、&lt;br /&gt;建治元年乙亥四月　日　　日蓮花押　　四條金吾殿御返事&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、不思議なのは、最後に記された註記である。これには、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #009933;&quot;&gt;○一谷入道女房宛日蓮書状（一一九〇五号）に同文見ゆ&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と記されていた。指摘通り11905号文書に行くと、現在『昭和定本』で記されている『一谷入道御書』が掲載されており、確かにその一部分と同文があった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日蓮聖人遺文は、日蓮聖人滅後700年の間に様々に編纂されてきたことから、遺文が分割されたり逆に合体されたりなどがあり、また真書か偽書かなどといった議論も存在し、さらにはそこに記された文章が正確に伝わっているか否かなどの議論もあって、遺文に当たってみてハテナと思われることも時折ある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、同文が別の文書として扱われることはかなりおかしなことなので、私は典拠となっている『高祖遺文録』にも当たってみた。しかし、どうみても『高祖遺文録』に、11896号文書らしきものは存在しなかった。&lt;br /&gt;考えられることは、『鎌倉遺文』の編集段階で、何らかの錯誤を起こしてしまったということである。それも、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff0066;&quot;&gt;建治元年乙亥四月　日　　日蓮花押　　四條金吾殿御返事&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;と記される遺文が、『王舎城事』と同一であるから、それと誤って編集してしまったのではないかと思われる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『鎌倉遺文』に関しては、現在でも研究会があるようだが、当時の史料から伺える中世像を議論することもさることながら、こうした史料の信憑性や内容の是非、文献の合離など、掲載された史料自体の研究も、きっと行われているものと思う。&lt;br /&gt;テキスト自体の検討がしっかりとなされた上で、色々と議論していく必要があると私は思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;11896号文書の「日蓮聖人遺文」は、疑問符のある文献であるから、この内容を用いるためには、11905号文書、もしくは『昭和定本』等の日蓮聖人の遺文集を用いていくべきだと思った次第である。&lt;br /&gt;ちなみに、「一谷入道御書」は、千葉鷲山寺他に断簡が散在しており、日蓮聖人が確実に記した遺文として位置付けられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なお、この遺文の記事に関して述べられたブログに対する私見は、また後日を期したいと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;鎌倉遺文研究会ホームページ&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.f.waseda.jp/ebisawa/KAMAKURA.html&quot;&gt;http://www.f.waseda.jp/ebisawa/KAMAKURA.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教学・教団史</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2008-10-11T16:27:11+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0e65.html">
<title>国宝鑑真和上展に行く</title>
<link>http://beginsharu.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0e65.html</link>
<description>今日、仕事が休みだったので、静岡県立美術館で開催されている「国宝鑑真和上展」に行...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今日、仕事が休みだったので、静岡県立美術館で開催されている「国宝鑑真和上展」に行ってきた。&lt;br /&gt;「鑑真和上坐像」が見られると知っていたので、何とか見てみたいと思い、足を伸ばして行ってきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;日頃、日蓮教団に関する問題について考えているが、日蓮聖人の御在世は鎌倉時代。それに比すると鑑真和上は奈良時代の人だから、さかのぼること５世紀。その差は大きい。出品されているものの多くが、奈良時代とか平安時代のものであり、その歴史の古さだけで圧巻だった。江戸時代のものが出展されていたが、「律三祖像」などは、あまりにも新しくみえて、随分浮いちゃっているような感覚さえ抱いた。&lt;br /&gt;さらには、配布されていた出品目録をみても、２／３程度が国宝や重文に指定されたものである。行くベースごとに重文やら国宝やらが並べられているわけだから、そのすごさだけで「もうおなかいっぱい」という思いだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;唐招提寺の重宝がこうして見られるのは、唐招提寺の修理に合わせてということのようで、重宝が始めて外に出るということに対して、寺内では賛否の議論がなされたと、知人から聞いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回、静岡でやっている「鑑真和上展」を知ったのだが、美術館の人に聞いてみると、どうもかなり長い期間、全国で展示会が行われたということで、それは知らなかった。&lt;br /&gt;帰ってきてネットで調べてみたら、２００１年から続いていたようだ。東京が２００１年で今から７年前。となれば、まだこうしたものに興味を持っていなかったから、納得できたが、まさか３年前にもやっていたとは知らなかった。もう少し敏感でいたいなと思った。まあ、今回見れたから、これはよしということにしたい…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【2001東京・長野、2002愛知、2003愛媛・鹿児島、2004宮城、2005東京、2006北海道】８月末まで静岡で開催されたあと、来年福岡で行われて終わりになるとのこと。&lt;br /&gt;東京では混雑してなかなかゆっくりと見ることができなかったそうだが、静岡での開催は、かなりゆっくりと見れ、特に見たかった「鑑真和上坐像」は１０分ぐらい、前後左右、色々な角度から見ることができた。&lt;br /&gt;終わりごろになるときっと混むのだろうから、今日いってきてよかったと思う。&lt;br /&gt;ただ、鑑真和上坐像の写真を見ると、随分色彩がはっきりとしているようだが、美術館ではかなり電気の明るさを落としていたので、ほとんどその色彩を感じることはできなかった。宝物管理という上からの措置なのだろうか、残念ではあるものも、致し方ないのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、一つ思ったのは、重文判定についてなのだが、並列されていた「大雲経」と「大日経」があって、双方ともその古さといい、その保存状況といい、申し分ないように思われた。なおかつ、前者は奈良時代のもので、後者は平安時代のものという。なのに、後者は重文に指定されているが、前者は指定を受けていない。この差異は何なのかと疑問に思った。そういう知識もあれば、もっと面白く見られるのかもしれないが、そこまでの理解はなかなかできない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いずれにせよ、こうしたなかなか近くで見られないようなものを間近で見る機会が得られたことに、本当に充実した休日を送れたと思っている。また、ゆっくりとハードカバーでできた立派な図録を読んで、余韻を楽しみたいと思っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【唐招提寺2010プロジェクト】&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.tbs.co.jp/p-guide/daiji/index-j.html&quot;&gt;http://www.tbs.co.jp/p-guide/daiji/index-j.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【静岡県立美術館】&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2008/02.php&quot;&gt;http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2008/02.php&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【唐招提寺】&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.toshodaiji.jp/&quot;&gt;http://www.toshodaiji.jp/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>

<dc:creator>beginsharu</dc:creator>
<dc:date>2008-07-30T23:59:10+09:00</dc:date>
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