2009年2月25日 (水)

研究者・ポスドクの問題

久々の更新だ!
特に研究に関する報告がないので、今日はテレビネタでの更新である。

今日たまたま朝テレビを見ていると、スーパーモーニング(http://posdocnet.blog94.fc2.com/)という番組で、東大大学院を出ていながら、定収入に悩んでいるという研究者が取り上げられていた。大学院博士課程を修了していながら就職先が見つからず、非常勤講師や研究員をやりつつも、常に就職活動をしているという。
国家が学位の取得を取りやすくしたのはいいけれど、結局就職という受け皿については何ら検討することがなかったのが原因だという。
研究員の人もいっていたが、「東大大学院にはいるなんて名誉なことはないし、その時は将来に不安なんかなかった」と…。

私も院に進んだ過去があるが、結局研究者を職業とすることはできず、在野の立場になった。それでもまだ研究できるのだから、ある意味幸せといわなければならない。しかし、同僚たちのその後の進路はどのようなものなのか。大学を離れてしまったから、みんなの今を私は知らない。思えば、大学側も院生に対しての就職活動をよく促していた。授業中にも教授が、「学問で食っていくなんて誰も思っていないだろう。学者としてこの中でもほんの一握りいればよいほうではないか。もし食っていけると思っているなら、考えを改めて、就職活動した方が良い」といっていた。今思えば、こういうことを言っていたんだと、今更であるが、そう思えた。
修士課程のとき、同僚が就職活動していたが、面接のとき、「何で大学院になんて行ったんですか?」「大学院に行って何か成果がありましたか?」とよく言われたということを思いだした。“大学院に行っておきながら就職活動なんて悪だ”ぐらいな感じで、企業側も思っていたようだ。その友人は、何とか就職先を見つけ、修士課程でやめたが、色々言われて嫌な思いをしたものの、かえってそのときに就職先を見つけられたのが、逆にラッキーだったのかもしれない。
博士課程に進んで、今でも学会で発表をしている数人の友人を知っているけれど、教授・准教授・専任講師など、体制がまったく変化しない学内の状況の中で、次々と空席を待つ研究生やポスドクが出てきて、果たして彼らの行く末はどうなっていくだろうか。

もう一つ番組内で、腹立たしく思ったことは、文部科学省の課長が、研究者の人格を否定するような暴言を吐いていたことだ。社会的に通用しない人間が学者には多いような言い方をしていた。だから、社会的に通用するような学者を養成するためのプログラムを考えているようなことを言っていたが、論点がまったくずれている。経済評論家の森永教授も怒っていたが、国家が大学院の門戸を開いたんだから、その受け皿を考えろと言っているのだ。文科省ももう少しまともな考えを持たないと、この問題は一向に解決されず、さらに混迷度を増すことは間違いないだろう。

これからも高学歴低収入、いや、高学歴未就職なんて時代が続くようなら、科学技術創造立国・日本なんていう言葉は確実に死語となる。
日本を支えているのは、一握りの注目される人たちではなく、地道に働く末端の庶民である。学問を支えているのは、在野を含めた熱心な研究者であり、業績ばかりを気にしてたいしたこともないような報告を発表しているようなお先生方だけではない。そうしたことをしっかりと認知していかなければ、いずれ日本は滅んでいくであろうことを、行政側はもっともっと認識してもらいたい。

石井郁子氏の国会での質問
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a170151.htm

ブログ「博士号取得を目指す人々」
http://blog.livedoor.jp/hakase2005/

博士の生き方
http://hakasenoikikata.com/top.html

ブログ「ポスドク・若手研究者の問題を考える」
http://posdocnet.blog94.fc2.com/

2009年1月13日 (火)

謹賀新年

昨年もさっさと一年間が過ぎ去り、また新しい年が幕を開けた。このブログも更新がまったくなされず、放置状態になっている。ただ、色んな検索語でこのブログを訪ねてくださる方もいるようで、カウントだけは淡々と刻んでいっている。そういう状況を見ていれば、一応の存在意味もあるのかなと思いつつ、放置して、気が向いたらまた記事を書く、そんな変わらないスタンスでいきたいと思っている。はたして、本年、いくつの記事が書けるのかわからないが…(苦笑)

せっかく新年を迎えて、こうして記事を書く気になったのであるが、報告すべき内容もないので、とりあえず昨年届いた雑誌のうち、二冊を取り上げ、その目次をあげておきたいと思う。

仏教史研究(龍谷大学仏教史研究会)
○中川洋子「仏教史研究草創期における「信と歴史」の問題―反省会と仏教清徒同志会とを中心に―」
○宇治和貴「親鸞の救済における神祇不帰依の意義」
○赤渕淳「敗戦後本願寺教団についての考察―敗戦前後における信仰の一貫性」

日本仏教綜合研究(日本仏教綜合研究学会)
○末木文美士「顕密体制論以後の仏教研究―中世の諸宗論から」
○佐藤弘夫「板碑を通してみる中世東国の宗教世界」
○長岡龍作「彼岸・因果・表象―仏教美術への開かれたアプローチとして」
○永井晋「本覚大師諡号事件にみる中世国家の意思決定―延慶年間の山門嗷訴の分析から」
(書評略)

随分前に来たが、ゆっくり読めていない。宇治論文や末木論文は顕密体制論に関連する論文であるが、是非ともまた読んでみようと思う。そのほかも結構興味を抱きそうな論題ばかりで、読んで見たいと思う。

このブログを定期的に見ている方がいるのかはわからないが、もしおられるようなら、また本年も怠惰な私に付き合ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。

2007年9月 7日 (金)

徳島での学会に参加する

 9月4・5日と、徳島県の四国大学において第58回日本印度学仏教学会学術大会があり、私も参加してきた。非常に暑い二日間だったが、大会の方も熱かった。
 印度学・仏教学と単に言っても、サンスクリット研究からインド哲学、仏教もインド・中国・朝鮮・日本とあるし、日本仏教ひとつをとっても年代の幅から宗派別、さらには仏教教理、仏教学に隣接する歴史学やら文学やら美術学などからのアプローチなどがあるわけだから、学問的にはかなり幅広い分野となる。そういう研究者が一堂に会するわけだから、それを考えただけでも圧巻だ。それなのに、一人ひとりの発表者に対し、分野が違うような領域の研究に対しても、質問や指導・指摘がなされている。その有様を眼前にして、自分自身の勉強がいかに足りないか、そしてもっと真剣に勉強していかなければならないのかということを、身に染みて痛感させられたのであって、学問研究の向上を図る上でも非常に有意義な機会だった。

 私は、4日の午後と5日の午前の発表を聞いた。一々にその内容を示すことは困難なので割愛するが、木村清孝先生の「仏教研究の現在と将来について」と題した発表の中で、特に「今後の課題」として仏教学がどうあるべきかという点を述べられており、これは大切な問題で、大変印象に残ったので、挙げておくことにする。
 木村先生は、5点の課題があるとする。1は、文献研究。宗派の教学や歴史を研究するためのベースとなる研究の重要性を述べられていた。2は、比較思想的研究。仏教とイスラムやキリスト教などの他教との比較思想。3は、応用仏教学。先生は、これについては言葉が適当ではない感があるが、多用されているので用いるとされ、現実の問題に対し、文献・思想を踏まえて論究すると言うことであると言われていた。4は、研究と現実、仏教学界と仏教界との関係の重要性について。5は、仏教学界の活動や研究を外部に発信するということ。ネットなどの手段を用いていくということである。
 これらの課題は、仏教学界全体という巨視的な立場も同様だが、各宗派・教団の上からも同様のことがいえると思う。非常に重要な提言であったと思い、ここに記しておいた。

 日蓮教学の発表部会も、様々な視点からの言及があった。ただ、今回若干のプログラム作成ミスがあったと思われるが、日蓮教学を扱う発表が、他の全く関係のない部会に挿入されてしまっていて、時間の関係などでそれらを聞くことができなかったことは、非常に残念であった。
  ともあれ、今回の学会参加は、自分にとって大変刺激的なものとなった。また、久々に恩師ともゆっくりとお話しすることもできた。私の研究に対しても突っ込んだご意見・ご指導をいただけたことに、先生に心から感謝したい。本当に良い経験だった。
 これから更なる研究に精進しようと誓いを立て、帰途についた次第である。

 最後にひとつ。徳島駅より四国大学へ行く途中、最下流に当たる吉野川の橋を渡るのだが、あの風景はまさに絶景だった。次回はゆっくりあの風景を見に行きたいものである。

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