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2008年2月29日 (金)

「女人と仏教」「女人成仏」に関する諸辞典の解説

 先日書いた記事の中に、2点書きたいことがあったと記したが、その一つが「仏教と女性」「女人成仏観」ということである。それは、とあるHPで日蓮聖人の女性観に関する問題が述べられていたからだ。しかし、その記事について、私は若干の異見を持っていたので、いずれそれを書きたいと思っていたのだ。ただ、自分の意見を述べる前に様々な見解を見ておこうと思い、いくつかの論文を読んでいるうちに、なんだか収拾がつかなくなってしまい、結果としてブログに述べることすら億劫となってしまった。
 数日前、図書館で中村元氏が著した『広説仏教語大辞典』で何気なく「女人成仏」を読んでみたとき、まずは辞典でどのように説明されているのかをブログに挙げておくことも良いなと思い、中村元氏の辞典をはじめとして、『岩波仏教辞典』(初版)・『日本仏教語辞典』、そして日蓮教学から見る上で『日蓮聖人遺文辞典・教学篇』の4種類から、それぞれ女人成仏・女人と仏教という点に関連する項目を(すべてではないが)うってみたので挙げておきたいと思う。誤字・脱字もあると思われるが、ご寛恕願いたいと思う。
 なお、女人成仏に関する私見については、また稿を改めて後日述べてみたい。

★☆★☆★☆岩波仏教辞典(初版)★☆★☆★☆
人禁制【にょにんきんぜい】信仰上、女性をけがれ多く、また僧の修行を妨げる者として、特定の寺院・霊場で女性の立入りを禁止したこと。区域を定める結界石を立ててこれを標示したことから〈女人結界〉ともいう。禁止の事実は、比叡山・高野山・金峯山(きんぶせん)その他にみられ、平安時代の記録や文学作品に徴し得るが、この用語の見えるのは、室町時代のころからのようである。女性に本堂の内陣に入るのを許さないのも禁制の一種といえよう。道元・法然・存覚らは女人禁制を強く批判否定した。「此の島は女人禁制とこそ承りて候ふに、あれなる女人は何とて参られ候ふぞ」〔謡・竹生島〕「若君様あれ御覧候へや、一枚は女人禁制、また一枚は産病者禁制、今一枚は細工禁制と書きてあり」〔説経・宝永版あいごの若5〕 p640
女人成仏【にょにんじょうぶつ】女性が仏に成ること。古来より女性は地位が低く見られ、仏になれない、浄土に女性はいないなどといわれ、法華経(提婆達多品)にも梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王(てんりんじょうおう)・仏の五種にはなれない五つの障(さわ)り(五障)があると説かれている。このほか多くの経論や世間の法などでも、女性は地獄の使い、仏の種子(しゅうじ)を断つ者、亡国の根源、不信を体とする者、五障三従の者などといわれ、不成仏の者と見なされ仏の救いから排斥されてきた。こうした見方と大乗仏教のすべての者は仏に成れると説く教えとは矛盾するものであり、そこで無量寿経には阿弥陀仏の女人往生の誓いを説き(第三十五願)、法華経(提婆達多品)には8歳の竜女(りゅうにょ)の成仏を説いている。この竜女成仏は女人成仏の根拠として重要な意義を持ち、諸経における否定的女性観を打破して、すべての女性の成仏が可能となる法華経の女性観を示したものである。この両経説をタイアップさせて女人成仏を強調し、中古・中世文学の女人往生のモチーフにも大きな影響を与えたのが、天台系浄土門流の所説である。
 女性の成仏、往生を説くことは鎌倉仏教の一つの特色である。日蓮は、法華経の竜女の即身成仏を女人成仏の現証を示すものとして重視し、『開目鈔』に「一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり。挙一例諸(こいちれいしょ)と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」と述べ、女人成仏は一念三千の教えによらなければならないことを強調している。女人成仏は、法華経が一切衆生すべてが仏に成れる経であることを示す特色ある教えの一つである。  pp640~641

★☆★☆★☆日本仏教語辞典(岩本裕著)★☆★☆★☆
女人【にょにん】婦女子のこと。「女性(にょしょう)」ともいう。『源氏』(夕霧)「女人のあしき身を受け、長夜の闇に惑(まど)ふ」。[補説]『涅槃経』九(大正蔵12―422上)に「一切の女人は皆是れ衆悪の所住の処なり」と記され、『妙法華』(12)「提婆達多品」(大正蔵9―35下)に「女人の身、猶、五障あり」と記されるように、佛教の女性観の一部には女性蔑視の思想が見られる。さきの引用文も、このような女性観の反映である。同じ観念に基づいて、「女人禁制」とか「女人結界」などの語が生じた。  pp566c~567a
女人成佛【にょにんじょうぶつ】女性が女の身体のままで佛になりうること。女人の即身成佛。謡曲『梅枝』「法華はこれ最第一。三世の諸佛の出世の本懐。衆生成佛の直道なし中んづく女人成佛疑ひあるべからず」。[補説]『妙法華』(12)「提婆達多品」に説かれる竜女の成佛は変成男子(へんじょうなんし)説の物語で、女人の即身成仏説ではない。日蓮は『女人成佛抄』の中で、法華経以前の経典には女人不成佛が説かれ、法華経に至ってはじめて女人の成仏が説かれたとし、事の本質をかくしたことが知られる。  p567b

★☆★☆★☆広説仏教語大辞典・下巻(中村元著)★☆★☆★☆
女人往生【にょにんおうじょう】女人が極楽往生に往生して、男子に生まれかわること。〈『平等覚経』1巻[大正蔵]一二巻二八三上〉  p1311c
女人往生願【にょにんおうじょうのがん】阿弥陀仏四十八願のうちの第三十五.女性が浄土に往生して男子の身に変わるように、ということを誓う。法然が名づけた。変成男子願ともいう。〈『無量寿経』上[大正蔵]一二巻二六八下参照〉  p1311c
女人禁制【にょにんきんぜい】女性は修行僧にとっては修行のさまたげとなることが多いので、修行の道場に入ることが禁止されていたこと。わが国では、昔、比叡山・高野山などにこの制があった。この制は明治政府の布告で廃止されたが、廃止の通達はすぐには実行されず、多くのいざこざがあったとされる。大和の大峰山では今日でもこれを守っている。〈謡曲『道成寺』『竹生島』〉  pp1311c~d
女人地獄使【にょにんじごくし】「にょにんはじごくのつかいなり」とよむ。女は地獄からよこされた使者である、という意。『華厳経』の文であると伝えられているが『華厳経』には見当たらないという。内心如夜叉に同じ。〈『宝物集』4巻、『大日本佛教全書本』85上〉  p1311d
女人成佛【にょにんじょうぶつ】インドでは、古く女性の地位を非常に低くみて、女には梵天王・帝釈・魔王・転輪王・仏の五種のものにはなれない障害(五障)があるとし、また浄土には女性はいないという考えが生じた〔ただし、天女はいる〕。しかし、すべての者が仏のさとりの実現ができるという大乗仏教の教えと矛盾するので、身を男性に変えてこれを解決しようとしたことをいう。これを変成男子という。女人往生は『無量寿経』に説く、阿弥陀仏四十八願の第三十五願によると、女性も浄土に往生して男子の身となるという。『法華経』提婆品には、竜王の八歳の娘が文殊菩薩の導きによって男身となり、南方世界で成仏したと説かれる。これを竜女成仏という。この問題は『須摩提菩提経』『大宝積経』『無所有菩薩経』などにも論議されている。〈『玉かがみ』〉  pp1311d~1312a
女人非器【にょにんひき】女人は仏法を受けるに十分な資格がないということ。[解釈例]仏法の水入るべきに堪へずとなり。〈『拾遺古徳伝』〉  p1312a
女人不浄【にょにんふじょう】女人の身体が不浄であると観想すること。〈『菩提行経』4巻[大正蔵]32巻557上〉  p1312a

★☆★☆★☆日蓮聖人遺文辞典教学篇★☆★☆★☆
女人往生【にょにんおうじょう】女人が仏の世界に往き、生まれ変ること。「女人成仏」と類義語であるが、厳密には往生と成仏は意義が異なる。往生は諸仏の浄土に化生して仏となるが、成仏は自ら悟りを開いて仏となることをいう。女人往生の思想は、『無量寿経』巻上(『正蔵』12巻268頁C)では阿弥陀仏の第三五願に説かれるが、いずれも男子に変じて往生を遂げるとする。『女人往生鈔』(350頁)にみえ、また『月水御書』(290頁)に「女人の成仏往生」の語が、『薬王品得意鈔』(341頁C)や『法華題目鈔』(404頁C)に「女人の往生成仏」の語がみえる。  pp954d~955a
女人成仏【にょにんじょうぶつ】(高森大乗氏執筆)
女性が仏に成ること。インドでは古来より女性の地位は低くみられ、仏になれない、浄土に女性はいない(天女は除く)などといわれ、爾前の諸経でも二乗・闡提等とともに、成仏を認められなかった。日蓮は『法華題目鈔』(400頁C)に、「女人をば内外典に是をそしり、三皇五帝の三墳五典にも諂曲者と定む。されば災は三女より起ると云へり。国の亡び人の損ずる源は女人を本とす。内典の中には初成道の大法たる華厳経には、女人は地獄の使なり、能く仏の種子を断つ、外面は菩薩に似て、内心は夜叉の如しと文。双林最後の大涅槃経には、一切の江河は必ず回曲(えこく)有り、一切の女人必ず諂曲有りと文。又云く、所有(あらゆる)三千界の男子の諸の煩悩合集して一人の女人の業障となる等云云」と述べている。法華経提婆品にも女性は梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏の五種の者にはなれない五障(五つの障害)があると説かれている(『開結』354頁)。しかし提婆品は八歳の竜女の成仏を説いて、五障を持つが故に社会的に低くみられ、一切の諸経において成仏を許されなかった女性の成仏が可能となる根拠を示したのである。智ギは『法華文句』巻七上(『正蔵』34巻97頁A)に「他経は(略)但だ男に記して女に記せず」といって、爾前経に女人の授記は説かれず、女人成仏は法華経のみが説くことを指摘し、最澄は『法華秀句』巻下(『伝全』3巻266頁)において、法華の十勝の第八に即身成仏化導勝を挙げ、竜女成仏(女人成仏)は法華経の力用による即身成仏であるとする。日蓮は『開目抄』に「竜女が成仏此れ一人にはあらず。一切の女人の成仏をあらわす」(589頁B)、「挙一例諸(こいちれいしょ)と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」(590頁B)と述べて、法華経の竜女成仏が女人成仏の現証を示すものとして重視し、「二箇の諌暁」の一つに数えている。また「法華経已前の諸の小乗経には女人の成仏をゆるさず。諸の大乗経には成仏往生をゆるすやうなれども、或は改転の成仏にして、一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり」(589頁B)と述べて、たとえ爾前の経に成仏を許すような説があっても、それは真の即身成仏ではなく、女人成仏は法華経の一念三千の法門によらなければならないことを強調している。女人成仏は、二乗作仏・悪人成仏等とともに、法華経が一切衆生すべてが仏に成れる経であることを示す特色ある法門の一つである。『女人成仏鈔』(335頁)、『善無畏鈔』(412頁C)、『祈躊妙』(673頁B)、『妙法尼御前御返事』(1537頁C)、『千日尼御前御返事』(1541頁A)、『法衣書』1855頁A)等、女性信徒宛消息に多る。  pp955a~c
女人之業障【にょにんのごうしょう】業障は業のさわり。成仏のさまたげとなる業のこと。女人の持つ成仏のさまたげとなる業のこと。『主師親御書』(50頁)に、法華経以外の諸経に女人の罪障深く成仏の困難なことを説いた経文を挙げる中に、「有る経に云く、所為(あらゆる)三千界の男子の諸の煩悩を合せ集めて、一人の女人の業障と為す」とみえる。「有る経」が何をさすかは不詳。  p955c
竜女成仏【りゅうにょじょうぶつ】高森大乗氏執筆)
竜王の娘が仏になること。法華経提婆品に説かれ、「竜女作仏」ともいう。提婆品に「娑竭羅(しゃから)竜王の女(むすめ)、年始めて八歳なり。智慧利根にして、善く衆生の諸根の行業を知り、陀羅尼を得、諸仏の所説甚深の秘蔵悉く能く受持し、深く禅定に入って諸法を了達し、刹那の頃(あいだ)に於て菩提心を発(おこ)して不退転を得たり」(『開結』351頁)とある。すなわち娑竭羅竜王の八歳の娘が、文殊師利菩薩の竜宮で法華経を宣説するを聞いて、菩提心を起こし、速やかに悟りを開き、その後、霊鷲山へ詣で仏前において即身成仏の現証を示したことが説かれている。竜女の成仏は女人成仏の根拠として重要な意義を持つ。爾前の諸経では女人の成仏を認めず、また往生・成仏を許しても改転の成仏か歴劫修行を必要とした。法華経では畜身の八歳の童女が現身のままに速疾に成仏したと説いて、すべての女性の成仏が可能となることを示したのである。すなわち人間に限らず生きとし生きる者はすべて、老若男女を問うことなく、一念の信を生じることによって、法華経の力用により即身に成仏することができると説くのである。竜女成仏は二乗作仏・悪人成仏とともに、法華経が一切衆生すべてを成仏させる経であることを示す特色ある法門の一つである。智顗は『法華文句』巻七上(『正蔵』34巻97頁A)に「他経は(略)但だ男に記して女に記せず、但だ人天に記して畜に記せず。今経は皆記す」と述べて、竜女の成仏が法華経の特色であることを指摘する。最澄も『法華秀句』巻下(『伝全』3巻266頁)に法華の十勝の一つに挙げ、竜女成仏は法華経の勝れた力用を顕すものと述べている。日蓮も『開目抄』に「竜女が成仏此れ一人にはあらず、一切の女人の成仏をあらはす」(589頁B)、「挙一例諸(こいちれいしょ)と申して竜女が成仏は末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」(590頁B)と述べ、一切の女人の成仏への道を切り開いたものとし、悪人成仏とともに「二箇の諌暁」という。日蓮は『観心本尊抄』(704頁A)に提婆品の「竜女乃至成等正覚」の文を、畜生界に十界(仏界)を具する証文とするが、竜女成仏は一念三千十界互具の法門によるのである。畜身であっても、女人であっても、八歳の幼稚の竜女であっても、信ずる力さえあれば男子と同様に成仏できることを教えるのが竜女成仏の法門である。なお竜女成仏を経文に「忽然(こつねん)の間に変じて男子と成って」とあることから、男子に身を変えての改転の成仏であるかに見る者もあるが、それは誤りで、変成男子以前にすでに竜宮で悟りを開いていたことは経文に明らかである。変成男子の相を示したのは、爾前・小乗の見解に執われている智積菩薩や舎利弗、さらには一会の大衆の疑いを破るための現証である。『女人成仏抄』(335頁)、『祈祷抄』(674頁B)、『上野殿御消息』(1127頁)、『秀句十勝抄』(2374頁A)等。  pp1263c~1264a

2008年2月22日 (金)

少子化問題について

今日、本当に久しぶりだったが夜二時間ほどゆっくりとテレビを見た。そのうち、日テレでやっていた「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」という番組で、女優の羽野晶紀が「子ども2人目を産んだら成人するまで毎月10万円を支給します」という提案をしていた。

少子化という点では非常によい提案なのかもしれない。確かに、経済的な問題で「もう一人」と思っていても、断念してしまっている家庭も多いことが指摘されていたから、若干の手当によって少しは少子化に歯止めができるのかもしれない。
しかし、だからといって二人目を産んだら10万円払えば解決できるかと言えば、私はそうは思わない。「戦後貧乏でも子供が多く生まれたのは、お金だけの問題ではない証拠だ」と太田総理は指摘していたが、私も本質はここにあるのではないかなと思う。やはり、当時は祖父祖母もいるような、要は大家族の中にあったわけで、子供が生まれてもみてくれる人が居た、また色々知恵を与えてくれたという、子育ての環境があったというのが大きいのではないかと思う。現在は完全に核家族化してしまっている。ただ、私の周りに目を向けると、やはり核家族であるといっても、近隣に親が居る人は結構複数の子供がいるケースが多いことに気づく。いくら夫の仕事で残業が少ないといっても、夫は家事も子育てにも携わってくれるとかいっても、もっと安心するのは親の存在、というケースの方が多いように感じている。だから、これから親になる、もしくは子育て中の親であるという世代の意識改革という点こそが一番大切であるように私は思う。その点で、意識改革こそ必要だが、その一つとしての経済支援と見たいと言って賛成にまわっていた金美齢氏の意見は、私の意見と一番近いなというように見ていた。

結局、これは可決という結果になったようで、国会に提出するようであるが、10万とはいわずとも、意識か企画を促せるような様々な支援は再検討すべきなのではと思った次第である。

2008年2月21日 (木)

閑話休題

「謹賀新年」を書こうと思ったが、すでに2月になってしまった。
1月は随分とあっという間に時が過ぎてしまった。時間は万人に平等に与えられてはいるが、大切に使うか否かは個々人次第である。有意義な時を過ごせるように努力をしたい。

さて、当ブログも立ち上げてそろそろ一年になる。書いた数は本当に数えるだけの淋しいブログとなっているのが残念な限りだ。この書いていない2ヶ月の間にも、いろいろと書きたいことがあった。実は今も2点の問題について書きたいと思い続けているのだが、なかなかまとめられないでいる。書こうという意欲自体はあるのだが、いざ書くとなるとこれでいいのかなと考えてしまい、結局アップすることが億劫になってしまう。

そのことを考えると、毎日こまめに更新しているブログを見ると、心から尊敬してしまう。
私は、以前、とある誌面に毎月文章を寄せていたが、毎月決められた締め切りに対してコンスタントに文章を書き続けるという作業は、かなりしんどい。書く題材も見つからないし、題材が見つかったにしてもそこからどのような文章展開にしようかと考えるだけでまた随分時間を要したものだ。文章を書き続けるということは、なかなか容易でないと私はそう実感している。
私のブログも毎日とは言わずとも、まめに更新するようにしたいとは思っている。まずは、このブログがどのような目的であるのかをもう少し自分自身が消化した上で、地道な更新を心掛けたいと思う。
ただ、ありがたいことに最近様々な検索サイトから、多数の方の訪問をいただくようになってきた。書いている内容が一応仏教・日蓮関係なのだが、それぞれの記事を見ると結構多岐にわたってしまっているから、検索語も結構多岐に及んでいるようだ。
いろんなことに気になってしまい、地に足が着いていない私の性格を反映しているようであるが、いずれにしても、まともな記事がアップできるように、様々な問題に注視したいと思っている。

ところで、最近中国から輸入された食品から農薬が検出された事件がマスコミをにぎわしている。これについて、日本側は中国での混入を主張し、中国側は中国でないことを主張している。私はどちらがどうとは言わない。ただ、仏教的視座である因果の理法から言わせてもらえば、混入させた人は必ず天につばを吐けば自らにかかるように、そういう悪いことは自らに身に戻ってくることを、おこなった者は是非とも忘れないでもらいたい。
イージス艦と漁船との衝突の事件も騒がれているが、結局どこかに悪があったのだからそうなったわけであるから、責任の所在を明確にするためにも、是非とも真実が追究されるよう希望する。そして、漁船に乗り合わせていた親子の一日も早い救出を心より願ってやまない。

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